|
|
![]() |
プロフィール |
「“タケフサ”って、ずっと研究者仲間からは呼ばれてて(笑)。」まだまだ“オトコ社会”な研究者のハードな世界。「グリッド研究センターに入るときに“体育会系だけど大丈夫?”って聞かれましたから。」 体育会系‥‥?「はい、年功序列ですね。上から号令が出ると“ハイ!”って行かないと。」いやです、って言えない雰囲気?「あ〜そういうサインは出してるかもしれないですけど(笑)。ま、そんな断るほどのこともなくて、多分やっぱり気を遣っていただいるとは思います。」奥ゆかしい、世が世ならきっと「お姫さま」と呼ばれる風情、それが「タケフサ」と呼び捨てとは‥‥。なんとも男気のあるニックネームの謎も探らなくちゃ。中学、高校とバスケットボール選手だったタケフサ、あ、失礼、つい呼んでみたくなって(笑)、しなやかな強さを感じさせる。2人の娘のお母さんでもあり、となれば子育てと研究の両立の仕方も聞いてみたくなる。そんな敏腕グリッド研究者の竹房あつ子さんは、小柄な身体で「ネットワーク資源のグローバルスケジューリング 」というスケールの大きい研究をしている。これはグリッドとはどう違うんですか? まずはそこから。
「なんて言ったらいいんだろう。いままでのグリッドというのは、ネットワークはそこにあるものをそのまま使っていたんですけど、いまやっているのはワイドエリアのネットワークでも必要な帯域を確保してあげて、それと計算機の両方をうまく組み合わせて提供したいというものです。いままでのグリッドに対してネットワークを組み合わせるというのがちょっと違ってて、新しいところですね。」慎重に言葉を選んで説明してくれると、なんとなく地球規模でいくつもの大きなコンピュータが繋がってるグリッドコンピューティングの図が頭のなかにぼんやり浮かび上がってくるような‥‥。
別名「オンライン・コアロケーション」と呼ばれてるこの研究、“コアなロケーション”かと思いましたと軽くボケてみましたが「うふふ」とさらっとスルーしてくれる。どうもすいません。つまり、コ(一緒に)アロケート(割り当てる)のことなのだと教えてくれた。いまグリッド実現のためのネットワーク技術研究に尽力している竹房さん、最初はどんなきっかけで情報科学へと足を踏み入れたのか気になる。
大学に入った頃、最初にUNIXのワークステーションに触って、研究室に配属された頃にWindows95を。でもそれまでパソコンには触れる機会もなくて。ま、ちょっと勉強してみたいという気持ちはあったので進んだんですけど」と微笑む。「そういう環境に育ったわけでもなかったので、ハナから自分で勉強したいかな、と思って。」この「かな?」というのが竹房さんの素敵なところ。「やってやるー!」というような満々の気合いが入ってる感じじゃなくて、さりげなく自分の才能をカッチリ理解してる。まったく未知の世界に対して、「なんかおもしろそうかなという感じで」とふんわり言っちゃうところが凄いし、凛々しい。で、そこはやはりプログラミングに魅力を感じたのですか?
「プログラミング学習のはじめの言語のパスカル、それからC言語、という感じで入りましたけど、はじめの頃はおもしろいという感じはしなくて、研究室に入ってJavaとかを使い始めてだんだんおもしろいなと思ってきました。」プログラミングって、たとえば何かが動くとか、目に見える結果が出ることがおもしろいのかなと文系脳は思ったりするのだけど、いえいえ「それよりもコードが綺麗に書けるというのが楽しい」のだと。さすが理学博士の美的感覚は違うのだ(あたり前ですけど)。ところが「理学博士だけど理学っぽいことができないのはちょっとコンプレックス‥‥」と気になる様子。大学の恩師の長嶋雲兵教授は計算科学のなかでも化学系の先生だったけど「ネタが見つからなくて」そちらにはいかず。しかし強烈なインパクトのチャーミングな先生だったようで、なにしろここに書けないくらいの武勇伝を笑って話してくれたのだけど、その豪快さはいまの時代には(歌舞伎役者くらいしか)ちょっとお目にかかれないのかも。その教え子とは思えないくらい大人しい竹房さんも、そこで鍛えられたからこそ“体育会系”グリッドチームでたくましく生きているのか‥‥。
その後どうやって産総研に進んだのか、その道のりを聞くと、「修士時代にミドルウェアのNinf(第7回田中良夫さんの回参照)とかを使っていてNinf歴はけっこう長いんですが、博士のときはそこからちょっと離れてお茶の水女子大学と東京工業大学の松岡研究室と半々くらいに通ってグリッドの研究をしていて。」卒業したら即、産総研を目指してという感じ?「産総研に来たのは、じつは大学院卒業後けっこう間が空いてて、2年間は東工大で、その後3年間はお茶大で助手をしてて、その任期が終って産総研なんです。」迷わず?「あまり選択肢はなかったかな(笑)。自宅が東京で、つくばに行くのは難しいと思ったので、秋葉原ならばというのと、グリッド研究をやってる方が集まっていたのでいい機会だなと‥‥」
ポスドクのときには短期でサンディエゴのカリフォルニア大学(UCSD)に留学をしていた。そのままサンディエゴで研究する道もあったのでは? なぜ日本で研究を? という質問をぶつけると「ちょうど世界的にグリッドが流行ってきた時期で、日本でも産総研の人たちを中心にコミュニティが立ち上がってきて、というタイミングでした。アメリカでももちろんコミュニティはあったけど、日本でもグリッド協議会が出来た頃でしたし」とあくまでも竹房さんの心はグリッドに惹かれてたというのがよくわかる。もちろん産総研の関口智嗣さん(当時のグリッド研究センター長)はじめグリッドチームは「タケフサを逃すな!」の勢いだったんだろうなと想像するのは難くない。
スケジューリングの研究では何がいちばん難しいと感じるところなのだろう。
「やっぱり出来上がったものを、評価するのが大変かな。それは説得力というか、考えたアイデアだけ示してもダメで、本当にこれが便利で有効なんだよということを示すのにいろんなバリエーションを作ってシミュレーションをしなくちゃいけない。それでこのアイデアがいいんだよ、というリアリティをつけなくてはいけないんです。将来的に“こんな世界”になるだろうからこういうアルゴリズムを考えました、これが有効ですよと見せる手順。だから“こういう世界”というのを作らなくてはいけない。そこが難しいです」
それは未来図を描くということだろうか。まだ起こってないことを作るということは、人間が将来的に行動するであろうストーリーを考えるってことか。なんとも壮大で夢のある話です。
「たとえば2006〜7年にアメリカと一緒にやった実験があるんですが、日米10サイトを使って、それらを前提として計算機のバリエーションを増やしたり、シミュレーションをいろいろやって計算してみるということをしてたんです。そこでもやっぱり設定とかを考えるのは難しい。モデルがあればいいのですが、無いときは自分でバリエーションやセッティングを考えなくてはいけない。しかもそれが受け手にとって、本当にリアリティのあるものかどうかはわからない、そこは難しいところです」
グリッドって未来の研究なんだなとあらためて思う。時代は動き続け、“グリッド”から“クラウド”というカタチへとシフトしつつ、いまクラウド人気は増している。とは言え、元々はグリッドの様々な技術が発展しながら、さらに人々の生活に近く、「クラウド」となって降りてきたという感じがある。竹房さんらグリッドチームは、そんな現在(未来)を読み解きながら「評価」を見せることにこれまで奮闘してきた。忍耐と根性で‥‥。これからもその技術が活躍していくことは間違いない。
そうそう、子育てだって研究と同じで忍耐と根性がいる大事な日常。「家では子供を相当怒ってるんです」と、その楚々とした雰囲気からは想像できないことを口にするけど、厳しいママかな。仕事と子育て、うまく両立させる方法は?
「幸いにも産総研は“裁量労働制”を採用してるので、とにかく1日に1度出社をしていれば家でも仕事ができるシステムです。その分、成果に対しては厳しいので“やらなくちゃ”というプレッシャーはあるし、締め切り前はとりわけ大変です。」一瞬いいなあと思ったけど、決して楽じゃないのですね。さらに「子育ては、むしろ仕事をしてるほうが全部を抱え込まないでいいというか、私の場合も保育園の先生や双方の両親とか、まわりの人に助けてもらって育ててきたので、もしかしたら家でずっと子供と対峙しているよりは気持ち的には楽なのかもしれません。あとけっこう気持ちの切り替えができますね。」保育園への送り迎え、仕事、家事、今日は誰に何を頼めるか、と細かいスケジューリング術はさすが。気持ちのスイッチングをうまくやりつつ、有効な資源を繋げ、どうやったら最適なタイミングで最高の成果を出せるか‥‥やっぱりコアロケーションの達人なのだ。
最近、仕事をやめて子育てに向き合い、ついには行き詰まってしまうお母さんのドキュメンタリー番組を見たばかりだったので、つい話が弾む。もちろんパートナーの協力も重要ですよね。「それがねえ‥‥、でも最近は子供の勉強をみたりするのは楽しいみたいですけど(笑)。」ご主人も超多忙です。でも楽しいこと、いいところ、出来ることに目を向けること、そこに竹房ママ独自の秘訣がありそうだ。しかしこの春、大きな変化に直面しているそうな。「じつは秋葉原からつくばの研究所へ移らなくてはいけなくて」と顔が曇り、その期日は迫っている。今年の抱負はズバリ「つくばに適合すること!」とお茶目に。しかし2人の小さい子供を持つ母としてはなかなか深刻な問題。今ごろはこの記事を竹房さんはつくばで読んでくれているかな。秘める強さと巧みなパス回しでスルっとディフェンスをかわし、華麗なシュートを決めている姿が見えてます。話して感じたのは、竹を割ったようなさっぱりとした爽やかさ。みんなが“タケフサ”と呼ぶわけだ‥‥と納得。