研究者の横顔

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YOKOGAO

第1回 “意を汲むコンピュータの世界へ” 坂上勝彦主幹研究員
坂上勝彦
情報技術研究部門 主幹研究員
プロフィール
東京大学大学院高木研究室時代に電子技術総合研究所での画像処理ミドルウェアSPIDER開発プロジェクトに参加。画像認識の面白さに目覚める。博士論文は「重なり合った粒子像の分離」。1981年産総研の前身電子技術総合研究所に入所以来、画像一筋に送る。現在画像パターン認識手法を医療分野での利用するための研究開発を始めとして、様々な画像処理手法や知能情報処理技術を社会に還元するための応用として展開することを図っている。

 初めまして。「よこがお」を担当させていただくことになりました福嶋です。よろしくお願いします。
 いつもは、映画についてのインタビューや、文章を書いています。しかし縁は異なもの。以前、情報技術分野の研究所で仕事に就いていた際にふと、“地球上のコンピュータ諸々をどんどんつなげる”というグリッドコンピューティングのコンセプトに惹かれて、関口智嗣さん(当時グリッド研究センター、センター長)を質問攻めにし、それをとある人気サイトで、ざっくりと、いわば素人の目で、紹介したことがあります。そんな小さな「縁」がまるでグリッドのようにミラクルにつながり、また情報技術研究の話を伺えるチャンスにめぐり会いました。 映画がそれを撮る人の“影”をも映し出すように、研究もそれを研究する人の“影”を映し出すのだろうか‥‥。そんなこともおぼろげに考えながら、研究者の方々のクリエイティブな話に、耳を傾けたいと思います。

  インタビューのトップバッタ—は、主幹研究員の坂上勝彦さんです。 画像処理の専門家、「画像一筋、30年‥‥」と聞いています。ところで、画像処理とはなんだろう。よく聞く言葉だけど、改めて考えてみると、わかっているようでわかっていない。そこで坂上さんに初歩的なところから、インタビューというよりは、マンツーマンの講義、という感じでたっぷり伺いました。坂上さんの研究のルーツからリアルな世界における知的インタフェースの応用研究まで、伺っているうちに、坂上さんの研究の視点のユニークさ、また研究をする意識の高さに、いささか驚くことになりました。第1回目は「よこがお」というよりは、思いきり、坂上さんの研究紹介の形になります。穏やかで優しい坂上さんの横顔も見えるといいのですが‥‥。

そもそも画像処理とはなんですか?

   「画像処理というのは、コンピュータに取り込んだ映像や画像を使って、何ができるかをいろいろ考えることです。」
 今でこそ入力装置は、スキャナーやビデオカメラなど手軽に使えるものがあるけれど、坂上さんが研究を始めた頃は、とにかく机上にあるもの、顕微鏡で覗いたもの、放送用のカメラで撮影したものなどを、手当たり次第コンピュータに取り込むことから始めたのだそう。1976年頃のことです。
   「画像処理は、やってみるとアプリケーション分野との接点がものすごく大事なんです。当時はアプリケーションが広がりつつあったとてもいい時代でした。」
 画像処理技術は防犯や医療など様々な分野で利用されていますが、今後は農林水産業など、これまでIT化がやや遅れていた分野での利用の可能性が広がっているのだそうです。

 では画像処理をやろうと思ったきっかけとは?
   「修士に入って何をやろうかと考えた時に、研究一覧の中に“ディジタル画像処理”という、まったく初めて聞く言葉を見つけて、これはおもしろそうだなと思ったのが研究を始めたきっかけです。」
   博士論文テーマは「重なり合った粒子の分離」で、これが坂上さんの研究のルーツ。電子通信学会奨励賞を受賞しました。人間の目なら、すぐに見分けられる粒子同士の境目を、なんとかコンピュータを使ってわかるようにしたいと研究を続け、ある深夜、劇的な発見をしたのだと。そのときの感動と、「研究テーマは自分でみつけなさい」という東京大学の恩師、故高木幹雄先生の言葉を胸に、画像処理、知能システム、ヒューマンセンタードビジョン、知的インタフェース研究と、行く先々で貴重な出逢いをしながら進んでいきました。

SPIDERとHLAC

   坂上さんの画像処理研究のなかで、とりわけ大切なキーワードは、SPIDERとHLAC(発展型としてCHLAC)の2つと言えましょう。SPIDERは、もう一人の恩師、田村秀行さんと出逢い、旧電総研に入るきっかけとなった研究。さらにHLACは、産総研の大津展之フェローと劇的な出逢いをすることになった共同研究です。

   SPIDER(スパイダー)とは、画像処理のためのミドルウェアで、Subroutine Package for Image Data Enhancement and Recognitionの略。「あちこちから手をのばして蜘蛛のようにいろんなものをあつめてくるという発想」からネーミングされました。
「これをベースに、みんながこのサブルーチンフォーマットでアルゴリズムをどんどん書き加えていってくれるといいなという発想で作ったものです。」
   極めてコアなFORTRANで書かれているために、30年後の現在でも問題なく動作する優れた汎用性を持つソフトウェアなのだそう(現在も産総研TLOを通じて販売中)。実は、同じ発想が最近の若い研究者からも生まれてうれしく思っているのだそうです。SPIDERのプログラミングに参加したのをきっかけに、旧電総研に入りました。

   HLAC(エイチラック)とは、Higher-order Local Autocorrelationの略で、高次局所自己相関という手法で、画像の特徴をコンピュータに学習させるシステム。
   「たとえば、人間の顔を憶える時、コンピュータに1人の顔を憶えさせて、次の人の顔が同じ顔かどうかを判断させるというやり方だと、コンピュータは顔認識ができません。なぜなら、いちど憶えた顔と、次の顔は、似ているようでも、じつは全然違ってくるからです。明るさも微妙に変わるし、そもそも少し動きます。だけど、そういう微妙な動きに変化しない“特徴量”というのを学習させることで判断できるのが、HLACなんです。」

   CHLACは、時間軸を足すことによって、動き(動画)に対応することができる発展型。
   「いま世の中で、ものすごく求められているのが防犯カメラで、いかに不審者を見つけるかということです。茨城県と連携して行なった研究なんですが、まずコンピュータに通常動作を学習させて、その後、検知モードに入り、異常な動作を見つけると知らせるシステムです。」
   奇妙な事件が増える現代社会にとって、ノドから手がでるほど必要な技術になってきた。本当にぜひ、事件が起る前に知らせてほしいです。
   「異常を見つけるというのは、必ずしも人間の動きを完全に追いかければいいというものではなくて、“通常”というものをしっかり教えておけば、そこからの逸脱を見つけることで、異常を検出できるということです。ある意味、発想の転換です。」
   大津フェローの発想のおもしろさに魅了された坂上さん、ともに研究を重ねています。

「重度障害者のための電動車いす」の開発と「やった!」の大切さ

   坂上さんが関わっていたRWC後期(1997〜2001)の「マルチモーダル対話機能」の研究では、「人と人との対話に近い、コンピュータと人間の自然な対話」を目指した「人の意を汲むコンピュータ」の研究をしていました。
   「たとえば、妻に“アレやっといて”と言ったとしても、けっこう通じるんです。」
   たしかに、夫婦ならではの“阿吽の呼吸”ですね。「だいたいこの時間に、うちの夫が“アレ”というのは、多分“アレ”のことだろうとわかるんですよね(笑)。そういうことをコンピュータができないかということです。」
   「アレ」がわかるコンピュータ! 夢に描いていた未来が近づいた感じです。でもどうやって実現するのでしょう。
   「そのためには、音声も画像も、共通的に持つ基盤的情報を、ぜんぶ共有しておけば、それなりに判断してやってくれるんです。ただ、そうは言っても、なかなか難しいです。」やっぱりそうですよね‥‥。

   ところが、国立身体障害者リハビリテーションセンターとコラボレーションした「重度障害者のための電動車いす」(2004〜2006)の開発では、その夢の未来コンピュータにグッと近づく研究がされたのだそうです。そしてまたしてもここで、坂上さんは“逆の発想”が大切だと気がついたと言います。
   「たとえば、しゃべれないけど首は動かせる、首は動かせないけど微かな筋電があるなど、様々な細かい障害の差異に、電動車いすが対応する必要があります。そのためには“その人の残された能力にコンピュータが歩み寄る”という発想が大事。健常者なら、仕方なくコンピュータに合わせることが可能でも、障害者にとってはそれは傲慢な話ですから。」
   使う人のニーズを丹念にすくいあげ、音声認識技術と画像認識技術を駆使することによって、綿密にカスタマイズした電動車いすの実現に成功ました。たとえば、障害者の言葉は、通常の発音とは違うために、これまでの方法とは異なる音声特徴をコンピュータに計算させたり、周囲360度を見渡せる36個のカメラを組み合わせた「ちょうちんあんこう」カメラを搭載して、危険な場所をよけることができたり、障害物までの距離を測って止まったり、まさに“インテリジェント車いす”です。
   「1台のどんな障害者にも対応できる車いすを作るという発想ではなくて、プラットフォームは共通で、そこに必要な機能をプラグインしていく。そんなシステムに仕上げました。」
   ただ、商品化については、市場や、法律の問題などいろいろ越えるべき壁も多く、いまのところはまだ難しい。でも未来への強力な可能性を示すことは大事なのです。
   研究期間中、車いす運動会が行なわれたある日のこと。野外の騒音や日照などが影響する環境での「電動車いす」の操作は、部屋の中よりもいっそう難しくなる。そんななか、一生懸命、車いすを操作してとうとうゴールした瞬間、被験者は「やった!」と声を上げた。このときの達成感。そこに、従来の研究の評価の尺度とはまったく違う、目には見えない“ゴール”があると、坂上さんは実感したのだそうです。
   「とにかく、少なくとも、この技術で“ある人”が喜んでくれることがいかに凄いことかが、わかったんです。」

   この研究コラボレーションの成果はそれだけではありません。
   「本当にお互いに密に議論できてやれた仕事です。研究というのは、双方、相手を尊敬するといいコラボレーションができる。“やってあげる”という意識じゃなくて、両方が相手の技術を尊敬することが大事なんです。」
 分野の壁を乗り越えてコラボレーションする柔軟さが今ほど必要なときはない、そう語りながら坂上さんは力強く頷きました。

   このインタビューの数日後、秋葉原でショッキングな通り魔事件が起きました。コンピュータの処理速度と競争するかのように、人間の心の闇は深刻になるばかり。ますます監視カメラは増え、そのための画像処理技術は必要不可欠になっていく、奇妙な世の中です。確かな技術の存在が犯罪の<抑止力>になるように、祈らずにはいられません。